完全に日記。

車、ライトノベル、DTM。

自分史:趣味の音楽制作について振り返る1

この記事(当ブログの方針について - 完全に日記。)で触れたとおり、音楽制作に纏わる自分の過去を記録していく。

 

趣味の音楽制作を長年続けてきた。

発端はちょうどファミリーコンピュータの登場で、家庭用ゲーム機がブームになった1985年あたりの時代。スーパーマリオブラザーズが社会現象になった当時、小学生だった私は親にファミコンを買ってもらえなかった側だった。

代わりに親に(ファミコンなんてバカになるこれからはプログラマーの時代だお前はパソコンを学んで将来プログラマーになるんだという親のふざけた教育方針により)買い与えられたものが三洋電機MSXPHC-33」で、こいつが自分の音楽制作において、最初のきっかけとなる機材となった。

 

参考記事:

akiba-pc.watch.impress.co.jp

 

この時代は昭和の歌謡曲全盛期で、まだまだ感性が幼稚だった私は世間に溢れる音楽そのものに興味がなかったなかで、好奇心の入り口になってくれたのがゲーム音楽だったように思う。

 

初期のMSXは3和音のPSG音源を内蔵音源として搭載しており、音楽制作はMSX BASICからのMML制御(音階をCDEFGABで表現)でやっていた。

と言っても当時は子どもだったこともあって自分で作曲する発想がなく、ドラクエなんかの耳コピーをやったり、当時愛読していたマイコンBASICマガジン掲載の楽曲記事を打ち込んで楽しむ程度だった。

思えば、この時点で無自覚にシンセサーザーのエンベロープ(VCA)なんか概念をうっすら学べていたのかもしれない。

PSGで同じメロディを2和音重ねてデチューンしつつ8分音符あとにずらしてディレイ風……というような旧い技法はこの当時に知った知恵だった。

 

数年経ってMSXが陳腐化し始めたころ、MSXFM音源を増設する周辺機器「FM-PAC(https://ja.wikipedia.org/wiki/FM-PAC)」を入手した。

こいつは2オペレータながらFM音源を9和音もしくは6和音+ドラム音源を追加するもので、PSGも引き続き同時使用できる。

高級機の6オペ4オペに比べればあまりにチープなサウンドだったものの、PSGの矩形波というかBeepサウンドから一気に世界が広がったように記憶している。

 

この当時はまだプログラム言語を介しての演奏に過ぎなかったが、自分の電子音楽との接点となる、かけがえのない数々の出会いがあった。

 

次回記事に続く。